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■とそう行伝授|修験大学

とそう修行

■ 入峰の修法

「入峰の修法」とは、修験密教において、山中での修行を行う際に用いられる、入峰と呼ばれる小さな洞窟や岩陰などにこもっての修行方法のことを指します。

この修法では、入峰に入って座禅や呪文の唱え方、祈り方、呼吸法などを独りで繰り返し行い、自分自身の身体や心を鍛えることが目的です。入峰は、荒々しい自然の中にある小さな空間であり、修行者はそこで自分自身と向き合いながら、心身を徹底的に鍛えることができます。

入峰の修法は、修験道の厳しい修行の一つであり、修行者は厳しい自己管理を求められます。しかし、その修行を通じて自分自身の心身を律し、精神的な成長や自己超越を目指すことができます。現代でも、一部の修験者や信仰者によって継承され、行われています。
 

抖擻行」という言葉は、古くから日本に伝わる修験道の一派で、山岳信仰や霊崇信仰を基盤として、山中での修行や荒行を重視した修験道の流派です。

「とそう行」とは、「外套を着用しない」という意味で、この修験道では山中での修行をする際に、普段の世俗的な服装を捨て、襖を羽織ることなく、裸の身で修行を行うことが特徴的です。また、「修験道」とは、山岳信仰や霊崇信仰を基盤として、自己超越を目指す信仰・修行体系で、心身の修行や呪術、占術、医術などを含む総合的な信仰・修行の形態を指します。

とそう行修験道は、古くは平安時代から鎌倉時代にかけて栄え、その後も一定の影響力を持ち続けました。現代では、修験道の中でも特に厳しい修行を行うという点で、一部の信仰者に支持されていますが、一般的にはあまり知られていない宗教・修行の一つとなっています。
抖擻修行は、身心を鍛えるための修行方法のひとつです。具体的には、長時間の座禅や荒行、断食、寝不足などの厳しい修行を通じて、自己の執着や欲望を捨て、真理を悟ろうとする修行です。抖擻とは、身体を振るわせるという意味で、この修行法においては、身体を極限まで鍛え、自己を超越することが求められます。ただし、過剰な修行によって自己を追い込むことは、健康に悪影響を与える場合があるため、適切な指導者の下で行うことが重要です。

・床堅の修法

・水断の修法・穀断の修法

・不眠不動の修法・修験問答)

・自己を見つめなおす

・無我の境地

「無我の境地」とは、仏教や禅宗などで用いられる言葉で、個人の自我や執着から離れ、全体としての宇宙や真理と一体化する境地のことを指します。

この境地に達することで、自己中心的な考えや執着から解放され、慈悲深く大らかな心を持ち、全ての存在を平等に受け止めることができるとされています。また、この境地に達した者は、自己の欲望や執着に捉われず、煩悩に支配されることなく、自由自在に生きることができるとされています。

無我の境地は、仏教や禅宗においては、修行の最高目標とされ、その境地に達するために、座禅や瞑想、精進などの修行が行われます。しかし、この境地に至ることは非常に難しく、多くの人が多年の修行を積んでも到達できないとされています。



・魂を整える

・魂を清浄にする

修験大学公式サイト 

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峰入り修行

・山の霊気を吸い、峰から峰、谷を渡りながら自然の中で一体になれる感じを体験し、歩きます。

山は、高い所に昇っていく死者の霊魂が帰っていく場所と考えられていました。
山中他界観という、この考えが後に仏教と結びつき、山中浄土観へと発展していきました。

山は、神々の降臨の場として、山岳という信仰が広く各地に存在し、後に修験者たちが活動して回るようになりました。
神降臨の場としての山岳と言う観念は、修験道を形付ける多大なる要素のひとつとなって行きました。
仏教の真髄を極め、また仏の験霊力を身につけようと山岳に入る修行者は増えていったのでした。

とそう行は厳しく苦しいものでもあります。しかし、峰峯に入り、山や岩、滝、樹林動物など自然に宿る神霊を拝み、その霊力を身に得ることができます。

二十八宿経塚

昔、役小角という修験道の開祖とも呼ばれる人が、葛城の峰を仏法の世界と見立て、法華経八巻二十八品をそれぞれの経筒に入れ埋納しました。
二十八の経塚は、和歌山県加太の友ヶ島に始まり、葛城の峰々を西から東へと埋納して、大和川の経塚に終わるものです。

葛城二十八ヶ所経塚は、今から約1300年前に役行者が国家安泰の為に、葛城の峰々に法華経二十八品を祈願し理納されました。総修験の里とされている葛城山は、役行者が六三四年に誕生され幼少のころから諸学を修め、信仰の道を志し、この大和葛城山に入り、三十年にわたって苦行を重ね霊力を身につけて数々の奇跡を起こしました。神仏の霊験を受けることで国家の為と多くの人々を救済しています。
後に光格天皇より神変大菩薩と諡号を賜り、現在では全国の修験道の祖として祀られています。
また、密教寺院や神社にも多く祀られています。
この修験道は、日本古来の山岳信仰と仏教の教えが仏教の教えが融合して生まれた教えなのです。
そういった事から葛城の峰々は、まさに修験の道場であり、山岳信仰の出来る山々が連なり、本来の修行にふさわしい根本道場であるとも言えるのです。
修験の開祖役行者も、この山々を修業の道場とし、葛城の峰々において、国家安泰を願い法華経を埋納され、今日では葛城二十八宿の経塚として伝えられています。
また、昔において、この峰々は、女性も修行の出来る峰とも伝えられています。

以上のことから、葛城の峰々は霊山であり人々の煩悩を断ち切り、願いを成就させる本来の修行の場なのです。だからこそ、この葛城の峰々に、男性も女性も何方でも多くの方々に巡礼参拝していただき、神仏のご利益を受けて頂くことを願っています。
全国の皆様と一緒に、この葛城二十八宿経塚巡礼を行いながら神仏融合の妙力を体得されることを願っています。多くの方々の賛同と参加を心よりお待ちしております。

鳴動護摩の成果

■体験の声
・私は、今鳴動護摩を習っております。と言うのも以前から密教に興味がありました。実は私、体が調子が悪くてお医者に行っても原因不明の病気にかかってました。これは神頼みしかないと思い、依頼した祈願が鳴動護摩だったのです。
鳴動護摩の祈願が始まると少しずつ音が鳴り始めました。
かなり大きな音がしてきました。家族三人での祈願でした。

ところが私の所に来ると音が止まる不思議な現象が起こりました。何度も同じことをしてもやっぱり音が止まります。
原因を聞きました。祈願して頂き3日ほどで体も良くなりました。不思議な体験をして益々、密教に興味を持ちました。
​密教の教えは沢山ありますが、鳴動護摩を知りたくて習っています。今度ともよろしくお願いします。

 

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とそう修行の成果

● 山々を歩く事で心が清々しくなり、大自然を親しみ感動します。

是非一度体験してください。
            
・自己を見つめなおす
・無我の境地
・魂を整える
・魂を清浄にする
・清々しく成ります

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